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鍼灸専門・高木治療院・鍼灸師高木の日記です。

〒810-0022 福岡市中央区薬院1-6-5
ホワイティ薬院302号 鍼灸院 高木治療院

旅行 名古屋2016年1月

その17 旧車の高いデザイン性


モデルT

自動車、4輪車を馬に牽かせる時代から、エンジンで動かす時代へと移行して行き、そのエンジンの高性能化・小型化により形を変えていったのですね。馬車っぽい雰囲気が、時代と共に消失してゆく様がよく見て取れる。


青いスポーツカー

そして、その自動車の性能を生産者が争うようになり、カーレースが行われるようになった。モータースポーツの誕生だ。燃料効率の良さや堅牢性の追及もさることながら、スピードに特化した研究開発に情熱を燃やす人々も増え始める訳だ。自動車を生産するという仕事のためのみならず、速さというロマンを追及する少年の心を持ち続けたオッサン達のパッションが次々と具現化してゆく。


白黒の車

当時から既に空気力学の概念は、自動車設計にも大きな影響を与えていたのであろう。綺麗な流線形。各国、各社の自動車にも共通して、それが言える。


ゴージャスな車

そして、どの車もカッコいい。全ての部品が必要なものでありつつ、それら全てまとめて1つの芸術作品として成立する美しさを持っている。


小型車

自動車が一部上流階級の人のみに所有が許される時代は去り、大衆車というカテゴリーも登場する。生産コストをいかに引き下げつつ、実用性を保つか。技術革新は、留まる所を知らない。


一つ目車

個性的な旧車達の中でも、一際異彩を放っていた自動車がこちら。
富士自動車「フジキャビン」。
この富士自動車という会社は、社名を変えて現代も存在する。
実は、スバルの富士重工業、ではない。


説明書き

実際に生産販売されたのは、1956年の8月から。その翌年の12月で生産打ち切り、生産台数はわずか85台だったそうだ。いかんせん操縦性も乗り心地も悪く、夏はサウナ冬に暖房無しと、単なる屋根付きスクーターと揶揄されるほど残念な製品であったらしい。

ちなみに、富士自動車の現在の社名は、小松製作所。あの東証一部上場の巨大企業、連結売上2兆円規模のKOMATSUである。


ダイハツミゼット

こちらは結構有名、ダイハツのミゼット。今でもごく稀に公道を走行している実車を見ることがある。昔は沢山走っていた。
フジキャビンとは対照的に、こちらは商業的に大成功した製品だ。


セドリック

日産の「セドリック」高級セダンに位置する車種だ。
1960年代、日本の自動車産業の技術水準は低く、この車を見ても、「単なる海外の真似」感が漂っている。
しかし、そこからわずか10数年足らずで、メイド・イン・ジャパンの自動車が世界を席巻するようになる事は皆様のご存じの通り。


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